2024年に新規登録された世界遺産⑤

5:モイダムス:アーホーム王朝の墳墓埋葬システム

1226年から1826年にかけて、東インドのアッサム地方に存在した

ヒンドゥーの王朝、それがアーホーム王朝です。

そのアーホーム王朝の最初期の首都であった場所には、

モイダムと呼ばれる日本の古墳(円墳)のような墳墓が築かれました。

かつての王族たちは、この地にアーホーム族独自の方法で埋葬されたのです。

アーホーム族

画像引用元:wikipedia commons 著作者:Gitartha Bordoloi

東インドのアッサム地方にかつて存在した王朝を築いた民族。

タイ族系のシャン族の1つ。この民族の名がアッサムという地名の由来となりました。

ー王朝の建国と滅亡ー

13世紀初頭、マオ族の王子が9000人の従者を率いてアッサム地方へ移住し

アーホーム王朝を建国しました。

14世紀の末頃には最盛期を迎えます。

17世紀にはムガール帝国による攻撃を受けるも独立を保つことに成功しますが

1817年から1826年に起こった、ビルマのアッサム侵攻でコンバウン朝によって征服されました。

1825年。第一次ビルマ戦争の結果、ビルマの支配からは脱したもののイギリスにより併合されました。

モイダムー墳墓埋葬システムー

画像引用元:wikipedia commons 著作者:Mozzworld

モイダムはアーチ型の入口を持ち、その多くは2階建構造です。

内部には生前に王族が使用していた物、ペンダントや陶磁器、武器、衣服などが保管される部屋がありました。

モイダムはその築かれた年代によって、大きく2つに分かれています。

13~17世紀の木材を使用したもの、そして18世紀以降の石やレンガを使用したものです。

19世紀になると、王朝の滅亡と共に伝統は失われ、今では遺跡として名残が残るのみです。

モイダムは、その殆どが盗掘されており、それぞれのモイダムに埋葬されたのが誰なのかは分かっていません。

世界遺産登録

(iii)現存するか消滅しているかにかかわらず、ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する物証として無二の存在(少なくとも希有な存在)である。

(iv)歴史上の重要な段階を物語る建築物、その集合体、科学技術の集合体、あるいは景観を代表する顕著な見本である。

上記2点の基準を満たし

2024年に世界遺産登録されました。


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